天草の寺院・宗派

http://www.amakusa88.com/2016/08/14/天草の寺院-曹洞宗-浄土宗/

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講演:天草における信仰のかたち 牛の首老人会:7.26
講演:天草における信仰のかたち


 天草で最も古い寺としては山口の蘇迷嶽観音院で天慶4年(941)弘法大師の法孫妙覚法印の開基といわれている。天正元年(1589)の「天正の合戦」で小西行長の兵火を浴び、全焼した。

 鎌倉・室町時代の寺跡については、当時の城跡と関連して寺名及び所在が伝承によりいくらか判明している。それらの宗派は殆どが真言宗か天台宗であったといわれている。文應元年(1260)大蔵太夫(播磨局)が来迎寺(亀川)を建立している。また、正和2年(1313)には天台宗の信福寺(一町田)が建立されている。

記録に残る古寺では1358年 延文3年 棚底の大権寺(宗派は不明)石塔に紀年刻印

1502年 文亀2年 益田の観音寺(浄土宗)建立

1505年 永正2年 今田の薬師寺(浄土宗)建立

1536年 天文5年 城木場の圓覚寺(真宗西)建立(現在南町)

1541年 天文10年 本戸の延慶寺(真宗東)建立

1575年 天正3年 姫戸に霊光寺(真宗西)建立

1582年 天正10年 久玉に正光寺(真宗西)建立

1592年 文禄元年 町山口に鎮導寺(真宗東)建立(現在富岡)

1597年 慶帳2年 大島子に西法寺(真宗西)建立(現在佐伊津)

1604年 慶長9年 富岡に龍福寺(曹洞宗)建立 

1612年 慶長17年 一町田に信福寺(浄土宗)建立 開山:覚蓮社正譽上人 

 1566年永禄9年、キリスト教が伝来されると、仏教や神道を否定し対立するようになり、キリシタンによる破壊行為が行われ、仏教寺院や神社はことごとく破壊される。
 慶長18年(1613)幕府のキリシタン禁止令が出され、曹洞宗・浄土宗・浄土真宗(一向宗)の寺を各地に創建してキリシタンは強制的に改宗させられ、迫害を受けるようになった。
 寛永14年(1637)の天草島原の乱のキリシタン一揆軍によって社寺仏閣が破壊されたため、乱後、鈴木重成によって社寺仏閣が再興された。

  曹洞禅宗では円通寺(寛永20年1643)など13ヶ寺、浄土宗が寿覚院(寛永19年1642)など8ヶ寺、真言宗が阿弥陀寺(後曹洞宗)計22ヶ寺を建立した。
神社は、飛龍権現(富岡)と諏訪神宮(栖本)の2社を建立し総計300石の寺社領を付与した。
 幕府は、禅宗の東向寺・国照寺(志岐)・浄土宗の崇円寺(一町田)・円性寺(栖本)を「天草4ヶ本寺」として上位に置き、行政面でも各村の庄屋、村役人の目付役等重要な役割を持っていた。

 なお、一向宗(浄土真宗)寺院は、真宗西派が円覚寺をはじめ22ヶ寺、真宗東派が延慶寺をはじめ7ヶ寺である。

 真言宗系寺院では、高野山真言宗:牛深高野寺・高野山宮田教会・高野山二江教会の3ヶ寺、真言律宗:天勝山龍雲寺(下浦金焼)1ヶ寺、中山身語正宗:天草教会(大浦)・栖本教会(河内)・合津教会・成就院(大矢野)の4ヶ寺である。