日本固有の古典和歌には、古人(いにしえびと)の日々の営みの中の男女の機微やほんわかとした恋心を詠った「恋歌」が、数多く詠まれています。
「万葉集」・「百人一首」の中から、「恋歌」を抜粋して「天草方言」で意訳しています。 

人を恋ふる和歌(PDF)
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    天草方言で詠む 万 葉 集 より


玉櫛笥(たまくしげ) 覆(おほ)ふを易(やす)み 開けていなば 君が名はあれど わが名惜しも  (鏡王女 巻2・93)
 美しか櫛箱に蓋をするごて 二人の仲を覆い隠すとは 簡単ち おっしゃいますばって
 あなた様は 浮き名が立っても構わんでしょうが 私ゃ困ります 嫌ですばい
 (どうぞ 夜の明けんうちに 早よ ここを出て行ってくださいまっせ)

 ※「玉櫛笥」は、「覆う・三輪(みもろ)」に掛かる枕詞 (櫛笥は化粧箱)
 ※ 枕詞(まくらことば)とは、主として和歌に見られる修辞で、特定の語の前に置いて語調を整え、

       情緒を添えることば

 

玉櫛笥(たまくしげ) 三輪(みもろ)の山の さなかづら さ寝ずは遂に 有りかつましじ  (藤原鎌足 巻2・94)
三輪(みもろ)の山の さなかずらの名にあやかって 木にぴったり巻き付ぃて 
いつまっでん あんたと共寝(さね)していたかっさね 

   ※「さなかずら」は、「共寝」の掛詞(かけことば)                                                                        サネカズラ      
   ※ 掛詞(かけことば)とは、同じ音、あるいは類似音のことばに、二つ以上の意味を込めて

       表現する方法

 

(あま)つつみ 常(つね)する君は 久方の 昨夜(きそのよ)の雨に 懲りにけむかも   (大伴坂上郎女(いらつめ)巻4・519)
雨が降れば出不精になるあなたは いつものことばって 昨夜の雨に懲りて
来てにゃ下さらンとじゃろネ

  ※「久方の」は、「天・月・光・雨」に掛かる枕詞(まくらことば)

 

来むと言ふも 来ぬ時あるを 来じと言ふを 来むとは待たじ 来じと言ふものを(巻4・527)
あなた様は 「来る来る」ちゅわしたっちゃ 来なさらん時も あるもね
「来ん」 ちゅわしたばって ひょっとすれば「来らすかも」ちゅて
期待して待っとっとは やめときまっしゅ 「来ん」ちゅて言わすと じゃけん

 

秋萩の 咲き散る野辺の 夕露の 濡れつつ来ませ 夜は更けぬとも(巻10・2252)
秋萩が咲いては散る 野辺の夕露に たとえ濡れたっちゃ 来て下さいまっせ
どがん 夜が更けたっちゃ よかけん

 

たらちねの  母に障(さわ)らば  いたづらに  汝(いまし)も吾も  事のなるべき(巻11・2517)
母に遠慮して 気兼ねして ぐずぐずしとれば あんたも私も 一緒になられんもね
  ※「たらちねの」は、「母」に掛かる枕詞


たらちねの  母に知らえず 我が持てる  心はよしゑ 君がまにまに(巻11・2537)
母にも知らせとらんばって 私の気持ちはもう決めとっとヨ
あんたの心のままにしてよかとよ


(しるし)なき 恋をもするか 夕されば 人の手まきて 寝らむ児故に(巻11・2599)
どうしようもなか 恋をしたもんじゃあるばい 
夜さりなれば 他の人ン手枕で寝とっとじゃろで (あん娘じゃろ まこて)


伊勢の海人の 朝な夕なに 潜(かず)くといふ 鮑(あわび)の貝の 片思ひにして(巻11・2798)
伊勢の海女が 朝夕の飯ンしゃーに 潜って取るちゅう 鮑のごて 片思いのままで
   ※「潜(かず)く」は、水中に潜る 天草方言「かずく」


あしひきの 山より出づる 月待つと 人には言ひて 妹待つ我を(巻12・3002)
山から出る月を 待っとっと ちゅて人にゃ言うたばって 私ゃ あん娘を 待っとっと
  ※「あしひきの」は、「山」に掛かる枕詞


今更に  恋ふとも君に  逢はめやも 寝る夜をおちず 夢に見えこそ(巻13・3283)
今更恋慕うたっちゃ あなた様にゃ 逢えんとじゃろう 
そんなろ 毎夜欠かさず 夢に出てきてよ


伊香保ろの やさかの堰に  立つ虹の 顕(あろわ)ろまでも 共寝をさ寝てば(巻14・3414)
伊香保の八坂の堰に立つ虹が あらわれるまでは(人に知られるまでは)
お前と一緒に こがんして ずうっと共寝しとこうごたるネ


このころは 恋ひつつもあらむ 玉櫛笥 あけてをちより すべなかるべし
 (狭野弟上娘子 巻15・3726)
今はまーだ 顔を見とるけん よかばって 夜が明ければ あなた様は 
じきに はってかす 私ゃ どがんしょうは なかじゃっかネ

  ※「玉櫛笥」は、「覆う・あける・三輪」に掛かる枕詞 (櫛笥は化粧箱)


思ひつつ 寝(ぬ)ればかもとな ぬばたまの 一夜もおちず 夢(いめ)にし見ゆる (同上巻15・3738)
あなたば思いながら 寝るけんじゃろかい 一夜も欠かさず ずっとあなた様を
夢にみますとヨ

   ※ 「いめ」(夢)  「寝れば」=天草方言「ぬれば」
  ※「ぬばたまの」は、「夜・黒・髪」に掛かる枕詞


橘の 寺の長屋に 我が卒寝(いね)し 童女放髪(うないはなり)は 髪上げつらむか(作者未詳 巻16・3822)
橘寺の長屋に 私が連れ込うで 寝た まーだ髪も結うとらん あン娘は
もう 髪上げする年頃にだ なったろうかにゃ

 ※「童女放髪(うないはなり)」(髪を伸ばしたままにした15歳くらいまでの娘)


射ゆ鹿を 認ぐ川辺の 和草の 身の若かへに 共寝し子らはも(作者未詳 巻16・3874)
手負いの鹿ん後を追うとって 川辺のやぶらか草むらで 私も若っか頃
抱いて寝た娘のことが偲ばるる


      天草方言で詠む 百人一首 より


003 あしびきの  山鳥の尾の  しだり尾の  ながながし夜を  ひとりかも寝む (柿本人麻呂)
      山鳥の 垂れ下がった尾のごて 長か夜を 一人さびしく寝にゃんとじゃろかい
      ※「あしびきの」は、「山」に掛かる枕詞  ※「山鳥の尾長」と「夜長」の掛詞
       ※ 山鳥は、夜になると雄と雌が谷を隔てて別々に寝るといわれている


009 花の色は  移りにけりな  いたづらに  我身世にふる  眺めせしまに (小野小町)
      花の色はすっかりあせてしもた 雨ン降りよっとば 眺めながらしみじみ思う
      我が身も そン花の色ンごて 衰えてしもたばい
  ※「長雨」と「眺める」の掛詞
     ※ 花の命と容姿が衰えてゆく我が身の哀愁を重ね合わせた

     ※ 小野小町(絶世の美女)は、在原業平に密かに思いを寄せていたといわれている


010 これやこの  行くも帰るも  別れては  知るも知らぬも  逢ふ坂の関 (蝉丸)
      これがあの有名な 東国へ行く人も 京に帰る人も
      知っとる人も 知らン人も ここで別れても また逢えるて 言われとる
    逢う坂の関たぁ まこてー


014 陸奥の  しのぶもぢずり  誰ゆゑに  乱れそめにし  我ならなくに (河原左大臣)
      陸奥のしのぶもじずりのごて 誰のせいでわたしの心は思い乱れていると思うネ
      みんなあなたのせいばい  ※ しのぶもぢずり(乱れ模様の染物)


020 わびぬれば  今はた同じ  灘波なる  身をつくしても  逢はむとぞ思ふ (元良親王)
    こがんわびしか思いをしとれば 今はもうどうなってもよか
    いっそ あの難波潟の「みをつくし」ということばのごて
    この身をつくしてもよか 今一度 あなたにお逢いしたかー

        ※「みをつくし」は、「身を尽くして」と「澪標」(船の道しるべ)の掛詞


021 今来むと  いひしばかりに  長月の  有明の月を  待ち出でつるかな (素性法師)
   「今じき会いに来る」て おっしゃったけん そのおことばを信じて
   九月の長夜を待ち続けたりゃ とうと夜の明けて 有明の月が出てしもたとヨ
     (歯痒かネもう…)
   ※ 有明の月(夜明けまで残っている月)


025 名にし負はば  逢坂山の  さねかづら  人に知られで  くるよしもがな (三条右大臣)
      名前に持つ「逢って共寝する」ちゅう 逢坂山のさねかずらンごて葛をたぐって
    こっそりあなたの側に 逢いに行く方法を知りたかネ

            ※「さねかずら」と「共寝」の掛詞


051 かくとだに えやは伊吹の さしも草 さしも知らじな もゆる思ひを (藤原実方朝臣)
       私の恋心はこがんて言いきらんとだけん ましてや伊吹山のさしも草が燃ゆるごて
       私の思いの火が こがんも激しゅう 燃えとっとは あなたは知らんど もん

    ※「さしも草」(させも草)=よもぎ(お灸のモグサの原料)


052 明けぬれば 暮るるものとは 知りながら なほ恨めしき 朝ぼらけかな(藤原道信朝臣)
      夜が明ければ やがて日が暮るる また逢えるとわかっとっても
      やはり あなたと別れる 夜明け方は うらめしゅう思うとばい


053 嘆きつつ ひとり寝る夜の 明くる間は いかに久しき 物とかは知る (右大将道綱母)
      さびしゅして 嘆き哀しみながら 一人寝で過ごす夜は 夜が明けるまでの時間が
    どがん 長う感じらるるもんか あなたは きっとご存じなかでしょネ

    ※ 「寝る」 天草方言「ぬる」


057 めぐりあひて 見しや夫とも わかぬまに 雲がくれにし 夜半の月かな (紫式部)
     久しぶりに会うたとに 何もはっきりせんうちに 雲に隠れてしもた
    夜中の月ンごて(まだいっしょに 居りたかったて じき帰ってしもて もう)


059 やすらはで 寝なましものを 小夜ふけて かたぶくまでの 月を見しかな (赤染衛門)
     おいでにならんとなろば ためらわでにゃ 寝てしもたとに

   あなたを待ち続け とうとう月が 西の山に傾くまで 眺めとったとヨ
      ※「かたぶく」 天草方言「かたぶく・かたびく」


062 夜をこめて 鳥のそらねは はかるとも よに逢坂の 関はゆるさじ (清少納言)
   夜の明けんうちに 鶏の鳴き声をまねて だまそうと謀ったっちゃ
   あン中国の函谷関なろ 通らるっどばって 私の逢坂の関は 決して開かんヨ
     (逢いたかちゅても ア.イ.マ.セ.ン)

   ※「そらね」 天草方言「そらね」(寝たふり・声色真似)


067 春の夜の 夢ばかりなる 手枕に かひなく立たむ 名こそ惜しけれ (周防内侍)
   春の夜の はかなか夢ンごて たわむれに あなたの腕枕をしたりすれば
   つまらん評判が立つことじゃろだ それが本当に残念じゃん


075 契りおきし させもが露を 命にて あはれ今年の 秋もいぬめり (藤原基俊)
   あなたが約束してくれらした させも草についた露のごて 
   あなたの言葉を 命ともて 大切にしてきましたばって  それもむなしゅう 
   今年の秋も 過ぎ去ってしまいそうにある
 

       ※「させも」は、させも草(よもぎ)


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